東京地方裁判所 昭和53年(ヨ)828号 決定 1978年5月31日
東京都千代田区霞が関三丁目五の二
債権者 須丹礼アーネスト
<ほか八名>
右九名代理人弁護士 楠本安雄
同 斎藤浩二
東京都千代田区九段北三丁目一番二号
債務者 富国生命保険相互会社
右代表者代表取締役 古屋哲男
右代理人弁護士 鵜澤晉
同 上野隆司
同 関沢正彦
右当事者間の昭和五三年(ヨ)第八二八号建築工事禁止等仮処分申請事件について、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件申請は、これを却下する。
申請費用は、債権者らの負担とする。
理由
一 債権者らの本件仮処分申請は、債務者が別紙物件目録(一)記載の土地上に建築中の同目録(二)の建物(以下「本件建物」という)について、その一三階以上の建築工事の禁止を求めるものであり、その理由とするところ(被保全権利)は多岐にわたるものの、要するに、債権者らは、それぞれその肩書地に居住する東京都民であり、従来から東京都千代田区にある日比谷公園(以下「本件公園」という)をしばしば利用して、その健全で快適な環境を享受してきたものであるが、本件建物が計画どおり建築されれば、本件公園の日照、天空、景観等が阻害されるのをはじめ災害時には危険が増大して、これまでの本件公園の利用価値と快適性は半減し、更には本件公園の持つ歴史的文化的価値は著しく毀損され、これによって債権者らが有する本件公園を健全で快適な公共空間として利用し、もって健康で文化的な生活を営むことを内容とする公園利用権又は人格権、右同様の内容及び歴史的文化的環境としての本件公園とその日照、景観等の環境の保全を内容とする環境権又は日照権、震災時において広域避難広場として本件公園に安全に避難することを内容とする安全権又は生存権、若しくは以上のことを内容とする法的保護に値する利益を侵害されることとなるので、債権者らは債務者に対し前記のような建築工事の禁止を請求できるものであり、仮りにそうでないとしても、本件公園にかかわりを有し、その利用利益、人格的利益その他健全で快適な環境利益及び日照利益を現に享受し、今後とも享受しようとする債権者らへの不法行為となることは明らかであるから、これに基づき債権者らは債務者に対して本件建物の建築工事禁止の請求権を有する、というものである。
二 しかしながら、本件において債権者らが侵害されると主張する権利ないし利益は、それ自体、債権者ら個人が具体的に有する私法上の権利ということができないのはもちろん、法的に保護された利益ということもできない。けだし、これらの利益は、債権者らが本件公園を利用することによって享受する反射的利益にすぎないからである。債権者らは、本件公園の歴史的文化的価値をしきりに強調するが、仮りに、本件公園が歴史的文化的に貴重なものであったとしても、そのことは、債権者らの個人的な利益とは直接関係のないものであり、本件公園の有する歴史的文化的価値は、右の結論に何らの影響も及ぼすものではない。以上のとおりであるから、債権者らが予備的に主張する不法行為も、これまた成立する余地のないことが、明らかである。
そうだとすれば、債権者らは、私法上の権利若しくは法的に保護された利益を侵害される虞れはないのであるから、債務者に対し本件建物の建築工事の禁止を請求する権利(被保全権利)を有しないものといわなければならず、もとよりこの点の疏明に代えて保証を立てさせることも相当でないから、本件仮処分の申請は、その余の点について検討するまでもなく却下を免れない。よって、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 川崎和夫)
<以下省略>